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臨床医療倫理を考える~終末期医療を中心に

11月30日に柳原病院職員全体学習会が開催されました
臨床医療倫理を考える~終末期医療を中心に 講師;鈴木利廣弁護士
鈴木利廣弁護士は患者の立場で40年以上医療問題に取り組んでおられ、2004年健和会の患者の権利宣言作成当初から関わっていただいています。

・終末期医療において医療者が対応に苦慮する局面として、具体的な医療行為、患者の意思と家族の意思
・判断基準として、生命の尊厳か生命の質;QOLか。命の長さが質よりも上回るか、患者の意向、価値観を大切にする。決めるのは患者である。生命の尊厳と自己決定権との比較→患者の承諾がなくとも救命治療義務が生じうる

終末期とはどのような概念か
法的判断基準としては、医学的適応;危険性と有効性のバランス、患者に恩恵がある=必ずマイナスのものがあるため、有効性>危険性で+となる
延命治療の不実施・中止の要件、裁判所判決から
①終末期
②治療の限界(救命困難性)
③患者の意思

身体拘束の要件;厚労省「身体拘束ゼロへの手引き」は「緊急性」「非代替性」「一時性」を要件とする
法的根拠は精神保健福祉法36条1項
精神病院でのエコノミークラス症候群による死亡;抑制によるもの

患者の意思とは
1、自己決定権一身専属的権利、代理判断になじまない、医学的看護学的情報の共有と自己決定、本人の最善、事前指示と状況判断
悲しいことも自分が知ることが大事、ひとは過ちを犯す権利がある、癌告知をしている人は末期に80%が安定した精神状態でいられる
2、積極的選択から消極的受け入れまで;推定的意思、本人ならどういう意思決定をするか
3、家族の意思との関係;家族の役割は患者の支援(患者の変わりに決めることではない)、患者の意思が不明な場合の家族の判断基準は患者の最善の利益

IC;患者の承諾、ICを保障する、Right of IC


患者(家族)と医療者の「情報の決断と共有」 木村利人氏
医師が持っている全ての情報を患者と共有して一緒に決めるということ。意見の対立というのは、実は持っている情報が異なっているからである。情報がきちっと共有できていればほとんど意見も一致してくる。
患者と医療者が危険性について話し合う。話し合い、同じ決定にむけて進む。限界もあるが、やりとりの中で、責任分担ではない、危険を回避するために行うもの。危険をできるだけ回避するために、死にそうになったときにどうしてくれるのか、具体的に説明する。
民主主義の原理と同じである。
誰かと競争するのがスポーツであり、朝のジョギングは本来の意味でのスポーツではない。競争の相手を慮ることがスポーツマンシップであり、ギリシャの民主主義は多数決ではなく全員一致が基本であった。切り捨てた少数意見をいかに多数決の中に取り入れていくか、が大切。

患者の意向を尊重した意思決定のための研修会に参加したときに感じた疑問もたずねてみた。

患者は自分の意向が尊重されることを必ずしも重要視しない
・意向は病状によって変化しうるので、自分の意向は必ずしも尊重されなくてもよい
・家族や医師が、事前意思に従うか否かを決めてもいい
・信頼する医師ならば委任してもよいと考える
・むしろACPを自分の心理的、社会的、情緒的なことを伝えておく機会として考えている


について、本当だろうかと思ったのだが、本当かはわからないが、情報共有を行う中でお互いの意見が一致してくるというのが鈴木弁護士からのお返事であった。

医療スタッフ間の意見の相違も情報の共有不足なのだろうか。

また、こうしてほしいができないとき、地域でつくっていくことも必要、というメッセージもいただいた。

柳原病院での毎日の取り組みから、
患者さんやご家族を通して、そうしたことをともに考え、
患者さん本人が、家族や医療者と自分の思いをことばにし、共有することが当たり前のこととして捉えられるような、
そういった医療活動が展開できれば、
地域的にも、病院的にも、
より患者さん側にたつことができる、
より満足のいく治療を受けることができる、
そういったかたちがつくれるのではないかと思えた。

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足立区にある柳原病院のDr 福島智恵美 のブログです。

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